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ハゲ天・その時代(6) 2003
<第1次狂乱時代(1958〜64年)>
58年、鍋底不況が続き大卒初任給は1.2万円、勤労者世帯の実収入は3.4万円です。暮には聖徳太子の1万円札が
発行され、スーパーの増加で食品の安売りが始り、エンゲル係数も40%を割り、高栄養野菜としてカリフラワー・
ブロッコリーが家庭に普及しますが、厚生省は国民4人に1人は未だ栄養欠陥と発表します。
59年、現天皇が結婚され明るさが戻り大卒の就職率が戦後最高を示し、年末には景気も回復し岩戸景気と
言われます。国税庁は銀座4丁目角の土地を3.3m156万円と評価、ゴルフ場開発ブームも始ります。懐古的な
沢庵と鰹節のお結びが2個50円で馬鹿売れする反面、深夜喫茶が増える等世相も変ります。
60年、東証ダウ平均が1000円を越え、ハゲ天の年商も1940万円になりますが、街は安保闘争で騒然とし、
岸内閣が退陣し池田内閣が所得倍増計画を揚げ、勤労者の年間総労働時間は2400時間で過去最高となります。
水俣病など公害問題が大きく取り上げられます。
61年、地価が対前年で42.5%も高騰し土地ブームが始りますが、サラリーマンの平均月収は4.5万円、
高卒の住込み店員は手取りで3千円でした。ビールが自由化されトリスを飲んでハワイに行こうの宣伝が大当たり。
62年、東京都の人口が1000万を越え、精米の消費量が1人年118.3kgで最高になります。外食産業として
初めて不二家が東証第一部に上場し飲食産業化が始ります。ハゲ天は親父の病気で、突然に2代目時代に移ります。
63年、ケネディ大統領暗殺が衛星中継され白黒テレビの普及率は89%に達しますが、電気冷蔵庫は未だ39%です。
消費者物価は前年比で7.9%も上がりますが、養殖ハマチも出回りますが魚は肉より不人気を強めます。
64年、東海道新幹線がスタートし東京オリンピックが開かれ、消費者米価は14.8%も上がりますが、ハゲ天は
値段を据え置き毎月DMを出し銀座店は連日売切れの大盛況です。
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