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ハゲ天・その時代(8) 2003
<外食産業少年期(1965〜70年)>
71年NHKTVが全番組カラー化、勤労者の年収は149万円、丸の内のサラリーマン一日の小遣いは700円、
昼食は256円で、カップ麺が登場し 食べたい物ベスト3は寿し、天ぷら、鰻でしたが外食のファッション化が始まります。
72年 日本列島改造論で新宿高野前の地価が540万円で日本一に ダイエーが三越を抜き小売業のトップに、
米も自由販売になり 東京の物価はニューヨークの100に対し117、駅弁の売上は8754万個で最高を記録し
居酒屋「養老の滝」が1000店を達成します。
78年、初めて脂肪の摂取量が20%を超えます オイルショックでトイレットペーパーは50% 砂糖は51%
牛肉は42%も急騰とします。魚はPCB有機水銀汚染で騒がれますが 厚生省は「小鯵は一週間に12匹迄食べて大丈夫」
と消費を激励 外資と提携しアイスクリーム、ドーナッツ、ビザ等のチェーン店が急増。
74年、大卒の初任給は8.3万円ですが1000万円の宝くじが売り出され、経済成長率は戦後初のマイナスを記録
標準米の値段は前年のキロ160円が200円に上がり、年間の菓子類の生産が1兆円 インスタントラーメンは40億食
を超えて17年間で300倍になります。
75年、総理府が戦争を知らない人が全体の6割を占めると発表 かけそば180円、うな重1200円、ビール180円と
物価は続けますが 節約は美徳との意識が高まり 不況が深刻化し失業者が100万人を突破します。
健康食品として紅茶茸や孫太郎虫が話題に。
76年、やっと地価の上昇に歯止めが掛かりますが、銀座に1000円のラーメンが登場する等 消費者物価は前年比24.5%
も上がり狂乱物価と言われます。マクドナルドか100店を超え、飲食業界は年間売上10兆円を目指して
日本フードサービスチェーン協会を組織し 外食産業の認知を図ります ハゲ天もその設立発起人になり 中野にカミサリーを作り
テイクアウトにも力を入れ始めます。
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