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ハゲ天・その時代(9) 2003
<外食産業青年期(1977〜83年)>
77年 年初に1兆円減税が行われますが米価はKg300円に上がり、日米漁業協定により漁場が狭まり魚価が急騰、
小僧寿し1000店、吉野家・モスバーガー100店突破、大卒初任給は10.5万円、平均寿命男子72.7歳、女子が78.0歳で世界一。
78年 国産初の発電用原子炉が稼動し、池袋に60階建てのビルが出来、郊外レストランが人気を集め、食生活を文化
として捕らえる気運が起きます。成田空港が開港し、竹の子族があらわれ、両国花火も17年ぶりに再開。
79年、卸売り物価2.5%下がり、鍋底不況にサラリーマン世帯の平均貯蓄額402万円米飯を食べる人は朝食71%、昼食77%、
夕食95%、牛丼吉野家アメリカ進出、サッチャー女性首相、高島屋にも始めて女性重役誕生。反面、さだまさしの「関白宣言」
が大流行。
80年、電気50.8%、ガス45.3%の大幅値上げ、地価は11.5%上昇を続ける。農水省外食産業対策室を設置し飲食業対応を
強化する。牛丼吉野家倒産。都心のサラリーマンの昼食代500円〜700円。併しOLの34%は弁当持参。弁当購入は17%で外食は
未だ少数派でした。
81年、米穀通帳廃止され土光臨調スタート。パートタイマーの時給529〜601円で前年より12%上昇。銀座昭和通りで
1億円拾われるも落とし主現れず。日劇取り壊し、48年の歴史に幕。宝くじ1等前後賞共4,000万円。
82年、闇米の販売店全国に1.4万軒、ハゲ薬のメーカー100社売上120億と言う。すかいらーく、デニーズ東証第1部に上場。
東北・上越新幹線開業。銀座のバー不景気で貸しおしぼりや倒産激増。一人用おせっち売れる。
83年、週休2日制の企業全体の8%。厚生省によれば家庭で良く作る料理@焼き魚A野菜炒めB天プラC野菜煮物D焼肉。
本鮪一本563万円の最高値。目黒八芳園の披露宴平均で170万円。夏のボーナス平均で38.9万円。
この間、ハゲ天は銀座店のビル化、関西への出店、串揚げ店の開店等、展開を進めます。
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