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ハゲ天の12ヶ月
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  これがハゲ天の4月です

ハゲ天・その時代
  昭和初期(1926〜30年)
  戦前の銀座(1931〜36年)
  戦時体制(1937〜43年)
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  戦後の復興(1951〜57年)
  第1次狂乱時代(1958〜64年)
  高度成長時代(1965〜70年)
  外食産業少年期(1971〜76年)
  外食産業青年期(1977〜83年)
  バブル崩壊へ(1984〜89年)
  不況の始まり(1990〜96年)
  新世紀を迎えて(19970〜2003年)
 

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(c)株式会社渡辺ハゲ天

これがハゲ天の4月です 2004


<風物>   鯛にまつわる天プラの話では、徳川家康が鯛の天プラを食べ過ぎて死んだという説が 有名です。食べたのは1616年正月2日と3日だけ。茶坊主の茶屋四郎次郎が鯛の揚げ物を薦めた 経緯も明確な記録が残ってますが、家康が亡くなるのは4月17日なので食中りにしては 3ヶ月後は極めて不自然です。
  然も衣を付けて揚げる食べ物が料理書に登場するのは、1650年以降ですから、家康が 食べたのは多分鯛の空揚げで天プラでは無く死因説は全くの作り話です。処がこの事から 家康を天プラの祖とし、その命日の4月17日を天プラの日にしようと話題に成ったことが 有るのです。併し嘘にせよ食べて死んだ日では縁起が悪いとボツになりました。
  一般に白身の小魚しか天プラにしないのは、江戸時代には小魚は雑魚で安く、庶民の食べ物 であった事と、身の柔らかさが天プラに向いていたからと考えられます。当時、江戸の市場に 上がる鯛は全量を幕府が買い上げて了い、庶民の台所に回って来なかったのです。その頃から 鯛は日本魚の王とされ、初鰹と共に桜鯛(4月頃の真鯛)は最高級魚でしたが、今は脂肪分の 多い養殖物も含め3万トン程が出回り値段も庶民的で年間を通して食べられます。
  日本人は縄文時代から鯛を食べていた様ですが、地中海からアフリカ北西岸が種としての 原産地とされ、今や世界中に分布してます。

<名物種>  真鯛の旬は八十八夜を過ぎてからと言われますが漁獲量は4月が ピークです。
  身は硬めですが独特の旨味は正に王者です。甘鯛は水分が多く、そのままでは天プラに 向きませんが、西京漬けにした物を軽く炙って水分を飛ばしてから天プラにすると独特の甘味 と風味が調和して最高です。手毬鯛でんぶは鯛のすり身にピンクのでんぶをまぶした物で お口変わりに喜ばれます。又この季節は新の付く野菜も豊富で、牛蒡・じゃが薯・絹さや等が 若さに溢れています。こごみも最近は栽培物が1月から出廻りますが春の芽です。


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