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東京都中央区銀座3-4-6
TEL 03-3561-1668
OPEN)
午前11:00から午後10:00
年中無休
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(c)株式会社渡辺ハゲ天
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ハゲ天よもやま話(9)
<終戦後の商売>
店が無くなった銀座の焼け野原も、終戦迄はどうしようも有りません。
処が親父は戦争が終ると直ぐ商売の再開を考えます。それには、水上様の小説を
久保田万太郎さんが脚色し7世左団次主演で上演され評判となった戯曲「銀座復興」は、
代こそ代わりましたが今も繁盛を続けて居る「はち巻岡田」の親父さんの震災語の
銀座復興に対する心意気を画いたものですが、戦後の復興を何処よりも早くやりたいと
思った親父の心には、今度は俺が銀座再興の魁になろうとの強い意思が有りました。
当時疎開で間引いた木造家屋の柱を並べてボルトで留めて頑丈な板戸を作り、それで
公共ビルの空襲によるガラス窓の破損を防ごうとして居ました。
それが終戦で不要に成ったので払い下げて貰い、それを繋げて囲いトタン板の屋根を
張って11月には仮店舗を作り、商売をいち早く再開します。バラックにせよ材木等
手に入らない時代ですから、このアイディアは素晴らしかったと思います。銀座の
焼け野原のスケッチをされた麻生豊画伯の絵によれば、3丁目の焼け跡には2軒先の
お風呂屋の焼け残った煙突の脇にハゲ天のバラックが一軒書かれています。それは
銀座通りからも目立つ存在でした。そしてストックの材料と、魚は工場の排水が
無くなり、水が綺麗に成ったので、銀座の掘割でも秋鯊が釣れる様になり、
復員してきた浦安等の漁師が東京湾の魚を持って来るので何とか集まります。併し
手持ちのストックも年内で底をつき、油は勿論、小麦粉も手に入りませんから、
21年の夏には「初夏や天プラ君も裸にて」とのビラを貼り、ガスも出ないので
当時としては最大の3KWの電熱コンロを作らせてムニエル風の魚を売りました。
併し其れも世の中が段々秩序を取戻すと統制・配給が復活し勝手な商売は出来なく
なります。そこでこの時は進駐軍相手の接待需要が時々入りコンロや道具を
持ち込で材料先様持ちの出張サービスで息をついてました。
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