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東京都中央区銀座3-4-6
TEL 03-3561-1668
OPEN)
午前11:00から午後10:00
年中無休

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ハゲ天ご案内
  フロアご案内
  全国のハゲ天のお店

ハゲ天よもやま話
  何故天プラ屋を 
  屋号の経緯 
  天プラって 
  天プラ起源の嘘 
  人気の変遷 
  飲食ビルの始まり 
  戦前の商売 
  戦中の商売 
  終戦後の商売 
  戦後の発展・後継問題(1)

天プラも変わる
  状況の変遷 
  揚げ物として 
  油の問題 
  粉のバリエーション 
  衣の変化 
  種の変化1魚介類 
  種の変化2野菜その他 
  調味料の変化 
  天プラ屋スタイルの変遷 
  食べ方の変化 
  新しい動き 
  未来に向け、世界に向けて 

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(c)株式会社渡辺ハゲ天

ハゲ天よもやま話(10)


<戦後の発展・後継問題(1)>   店がトタン葺きのバラックから曲がりなりにも飲食店らしくなるのは料飲店の 再開が正式に許可された昭和23年で、25年になると魚介類調味料が自由販売になり、 商売は戦前以上に賑わいます。
 そして税制の点も有って26年には資本金20万円の合資会社にします。 お客様は戦前からの文学系の方々を中心に戻って来て下さり、29年には大岡昇平様の 朝日新聞連載小説「化粧」に取り上げられる等、名前は大いに広まります。 そこで未だ空き地であった隣に仮店舗を移し、戦後10年の昭和30年に鉄筋一部 3階建ての銀座店ビルを建設します。
 それには後継問題も絡んでいました。息子は工学部を出て大企業の研究所に居り、 好きな事をやらせてやりたいとの親心も有り、又適当な配偶者を見つけて継がせよう と思っていた二人の娘達も夫々サラリーマンと結婚し自分も60歳になるので、此れ迄の 個人の魅力で売っていた店を企業として、日常は従業員だけでもやれる天ぷら企業に 脱皮させたいとの考えがありました。其れには天プラ専門店として何処もやっていない 魅力を別に訴える必要が有るので、色々な方と相談しました。
 そして、ハゲ天としては勿体ぶらないで最高の物を提供しようとの 基本方針は守り続けますが、全品年間を通しての定価制、コース制 による商品内容の明確化、カウンターで知らない人と隣合わすより、 一緒に行った人との会話がし易い様なボックス席と、目の前で揚げ立てを 一つ一つ食べられるカウンターの様に、鍋がボックス席に行って揚げる ワゴンサービス等の新しいやり方を考えました。
 この変更は、幸いな事に多くの方に受け入れられ、更に商売は発展し、 昭和30年には資本金200万円の株式会社にします。そして幸いその頃より 世間的にも外食が一般化し飲食店が外食産業と言われる様に企業化する 処が増え、後継問題以外は好調に発展します。

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